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MMCA「Damien Hirst: Nothing Is True But Everything Is Possible」から考える日韓博物館の比較②

Kanako Nagayama
7月31日
読了時間: 5分

少し空いてしまいましたが、前回に引き続き韓国の国立現代美術館(MMCA)で開催されていたダミアン・ハースト展をもとに日本との比較をあぶりだしていきたいと思います。今回は「展示物」の線引きについて一つ。


The Physical Impossibility of Death in the Mind of Someone Living
The Physical Impossibility of Death in the Mind of Someone Living

まず前提として、前回でも少し触れましたが博物館法によって定められる「博物館」の内容が日本と韓国では異なっています。日本では「博物館」にはいわゆる歴史資料館、美術館、植物館、動物園など、さまざまな資料を保存(飼育も含まれますが)し公開することが含まれています。一方、韓国では博物館・美術館に特化した「博物館法」が定められており、その対象は紙媒体の資料や絵画、彫刻などの芸術作品に限られるという違いがあることを確認しました。


日本の博物館法という法律の上では、美術館・博物館に特化した展示や資料保存のルールやポリシーというものは提示されていません。しかし、学芸員の資格を取得するにあたって履修する「博物館資料保存論」や「博物館展示論」など(これらは博物館・美術館に特化しています)では、推奨される展示方法や資料保存の環境が細かく提示されています。


その中でも今回特に注目すべきなのは資料保存の観点です。美術館が収蔵していく作品たちは常に虫食いによる被害(虫害)や、湿気や照明といった温湿度による劣化の危険に晒されています。当然カビや細菌類などにも注意が必要です。このために、1970年代から2004年までは臭化メチルと酸化エチレンによるガス燻蒸を行い、作品についた汚れを落とし最大限クリーンな状態で保管することを行っていました。しかし、これらの化学物質は発がん性があることや環境汚染の懸念があることからモントリオール議定書で使用の中止が合意され、2005年からは代替薬剤へと切り替えられています。さらに近年では、虫害等の問題を事前に予防する総合的有害生物管理IPM(Integrated Pest Management)が広がり、化学物質だけに依存しない多角的アプローチによる保存活動が展開されています。IPMでは保存環境の改善や日常点検を主軸に保存活動を行い、そもそもトラブルが発生しにくい環境を維持する考え方です。


これほどまでに作品の保存に力を入れられているのは、文化財を含む芸術作品の保存がICOM(国際博物館会議)で定められた広義の博物館の役割の一つであるためです。


ここまで美術館が作品の保存のために力を入れてきたことを述べてきましたが、ここで一つ疑問が残ります。虫害など保存環境を脅かす原因となる生体、死体、土といったものを使った芸術作品は、展示できないのでしょうか?


今回取り上げたいポイントはまさにここでした。ダミアン・ハースト展の第二展示室では、上記に乗せた写真にもある通り彼の作品の目玉でもあるサメのホルマリン漬けのほか、牛の頭部に生きたハエがたかる展示ケースなど、IPMが前提とする保存環境の論理と真正面から向き合う作品が展開されていました。その理由と断定できるかはわかりませんが、そういった生体・死体を扱う作品は一部屋に集められていたこと、MMCAの常設コレクションは当時公開されていなかったことは事実として挙げられます。ハースト作品と常設展の事実の因果関係を示す公式な説明は確認できませんが、もし生体・死体を展示するために作品を集約し常設コレクションを避難させていたとすれば、保存環境への配慮を含めた展示計画が組まれていた可能性は考えられます。もしそうであれば、IPMを「守るべきルール」としてではなく、企画展に応じて柔軟に運用した事例としても読み取ることができます。


参考までに、日本の国立新美術館はコレクションを持たない国立美術館として有名です。その国立新美術館でも、私が過去に企画にかかわった際には、生体の展示は不可、土も燻蒸を行い虫や細菌を徹底的に排除した対応を求められたことがあります。少なくとも多くの日本の美術館ではダミアン・ハーストの生物系の作品を展示するハードルは高いと考えられます。


企画展によってIPMの制度を拡張的に運用したと考えられるMMCAと、おそらく拡張運用は難しいと考えられる日本の各美術館。これは、どちらが良い、悪い、という問題ではなく、美術館が作品保存をどこまで優先し、その一方で実験的な展示をどこまで受け入れるかという判断には、それぞれの館のポリシーが表れているように思います。


また、このことはダミアン・ハーストに限った話ではありません。生物や土壌、微生物などを素材とする近年の現代美術を考えると、美術館の保存制度そのものが、どのような作品が展示可能になるのかを左右しているとも言えるでしょう。


前回の鑑賞料の議論でも述べましたが、美術館のポリシーによって鑑賞者だけでなく展示できる作品にも線引きが生じうる可能性があるということです。私たちキュレーターは多くの人に作品を届けられる努力をしていく必要があるかもしれない一方で、その場所であるから実現できるという"site-specificity"を守りながら展覧会の実現を目指すことも求められるでしょう。アクセシビリティの議論は様々な料金、立地、心身の障害といった観点だけでなく、どのような作品を展示できるかという制度設計の側面からも議論することができます。守りすぎず攻めすぎず、適切な塩梅で判断のできる館が増えていくことを今後期待したいと思います。

 
 
 

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