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MMCA「Damien Hirst: Nothing Is True But Everything Is Possible」から考える日韓博物館の比較①

  • Kanako Nagayama
  • 7月1日
  • 読了時間: 6分

日本に絞り込んだ話から始めようかと思っていたのですが、直近で韓国の国立現代美術館(MMCA)に訪れる機会があったのでそちらをもとに日韓の博物館法の比較をしてみたいと思います。


The Physical Impossibility of Death in the Mind of Someone Living
The Physical Impossibility of Death in the Mind of Someone Living

MMCAでは当時ダミアン・ハーストの個展「Nothing Is True But Everything Is Possible」(2026年3月20日~6月28日)と企画展「This Is (NOT) Conceptual Art」の2つが開催されていました。ここで注目したいのはMMCAのコレクション展はこの期間開催されていなかったということです。のちに②で考察しますが、これには展示室構成や、作品保護の観点がその要因としてはたらいていたのではないかと考えます。


まず着目すべきは、韓国には「国立」の現代美術館があることでしょう。日本では公立の現代美術館は複数ありますが、国立機関では国立新美術館が現代美術を扱うことがある、という見方ができるくらいかと思います。なおこの国立新美術館は時折批評される通り国立の機関でありながらコレクションを持たないいわゆる「箱貸し」の美術館です。韓国では国家レベルで現代美術専門の国立館を有している点は、日本との違いとして興味深いです(なのでコレクションが見れなかったのは大変悔しい)。


アジア圏におけるハーストのこれほどまでの大規模な個展は今回が初めてとのことで、実際3つの展示室にかなりギリギリの導線で作品が展示されていました。韓国メディアによると今回の展覧会では約3.5億円という莫大な金額が投じられているとのことです。(参考https://www.koreajoongangdaily.com/lifestyle/artist-damien-hirsts-iconic-contested-works-now-on-display-at-mmca/12531894?utm_source=chatgpt.com)

一方で、ハースト個展の入館料は一般割引なしで8,000ウォン、およそ800~850円ほどです。規模にもよりますが日本であれば企画展の一般券は2,000円を超えることもしばしば、今話題の大阪中之島美術館のフェルメール展に至っては3,000円にもなります。ここに、韓国と日本の博物館法のスタンスの違いが見えてきます。


原則無料の日本、原則有料の韓国


いきなり個別の条文に飛びついてしまいますが、韓国と日本では博物館法によって博物館における入館料の考え方が提示されています。

日本では、博物館法第26条によって以下の通り示されています。

公立博物館は、入館料その他博物館資料の利用に対する対価を徴収してはならない。ただし、博物館の維持運営のためにやむを得ない事情のある場合は、必要な対価を徴収することができる。

つまり、公立博物館*は原則無料で公開し、「維持運営」(=企画展の場合は特に輸送料、保険料が大きいと考えられます)が負担できない場合において入場料を設定できるということです。日本の公立美術館において維持運営費に余裕があるところはないといっても過言ではないので、結果として入館料を徴収することが常態化しているといえるでしょう。


*ちなみに:日本の博物館法では各都道府県の教育委員会の登録を受けた地方公共団体または地方独立行政法人を公立博物館、それ以外を私立博物館と定義しています。つまり独立行政法人として都道府県教育委員会の認可の範疇を飛び越えた国立博物館は博物館法の管轄ではなくなるのです、不思議ですね(文化財保護法の一環で管理されています)。さらには動物園も植物園も一緒くたにして「博物館」と呼んでいます。


一方の韓国では、そもそも上の註の「国立」「公立」「私立」を区別して法律を分けることをせず、一つの「博物館美術館法」という法律でまとめて整理しています。代わりに、動物園は動物園、植物園は植物園と扱う資料に応じて法律を分けていることも大きな違いです。1991年施行なので他国の状況に鑑みてこのようにした可能性も高いでしょう。


このうえで博物館美術館法を見てみると、第25条で以下のように定められています。

第25条(観覧料と利用料)①博物館や美術館は、観覧料、その他博物館資料や美術館資料の利用に対する対価を受け取ることができる。②公立博物館または公立美術館の観覧料、その他博物館資料または美術館資料の利用に対する対価は、地方自治体の条例で定める。

公立は地方自治体に拠るとのことですが、原則として入館料を取ることができるとの記載があります。また、宇仁・オン(2024年)によると国立博物館展示品観覧規則の第4条では観覧料の徴収を義務とし、第6条で一般公衆の文化教授のために必要な場合は一定の期間のみ無料観覧できるとの規則があります。(参考:https://nodaiweb.university.jp/muse/unisan/files/uniandeom_2024.pdf)


日本の博物館法は公立を対象としているため対等な比較ではありませんが、ざっくりとpublicな美術館入館料の考え方には対照的なな思考があると言ってよいでしょう。


MMCAの展示はなぜ安価か


冒頭で示した通りハースト個展は実現に莫大な費用をかけていながら入場料の最大金額は850円ほど。入館料収入だけで約3.5億円を回収する仮定で計算してみると、約87日間の開館期間で一日当たり4,700人ちょっとの入場者が最低でも必要です。ここに割引対象の入館者もいるので、観覧料収入だけでは一日5,000人は必要とみてよいでしょう。なかなかハードで混雑する試算です。


ではどうしてそこまでハードルを高く設定しなくてもハースト個展は実現しているのか。2つ理由を考察しました。

①ハーストの作品に共鳴する協賛がいたため

今回の個展にはHanmi PharmaceuticalとHanmi Scienceの2社が協賛としてついていることが公表されています。生と死、医薬品などといったテーマを扱うことが多いハーストの作品においてこの2社は非常に相性のいいスポンサーであったと言えます。事実、展示には今回の個展のために再構成された医薬品を用いた作品もあり、親和性の高さが如実に出ているといえるでしょう。


②第24条に基づく経費補助

博物館美術館法では第24条で、登録された博物館・美術館に対して運用に必要な経費や国営輸送に際した資料の輸送経費の補助、割引を制定しています。このことにより、ハーストの大型の作品が他国よりも安価な輸送コストを実現させた可能性があると推測します。

なお日本の博物館法でも第27条で国から公立美術館へ一部補助金が出せることは記載されていますが、国立の場合の違いやそもそも両国の文化予算の規模(古い記憶だと日本が最低ラインでした)の違いで韓国のほうが補助が手厚い、ということは往々にしてありうることと思います。


文化へのアクセスは誰が支えるのか


今回はMMCAと日本の博物館・美術館の観覧料を切り口に、博物館法の違いを中心に検討しました。この「観覧料」は、鑑賞者と文化をつなぐ役割を果たす一方で、ときにその間に壁を生み出すこともあります。


美術館にあるあまたの資料、広く言えば文化財を守るためには費用が掛かります。しかしその文化財は見たり触れたりすることによって後世に引き継がれ、認知されていきます。この見たり触れたりする行為の実現のためには、輸送や適切な鑑賞環境の構築といった新たな経費が掛かります。

残すにも生かすにも、これらの経費は誰が負担するべきなのでしょうか。コロナ禍において「芸術は不要不急である」という声もありましたが、現代を生きる我々の一存で消してよいほど軽い歴史のあるものではありません。

誰もが求めたときに等しくアクセスできる芸術の経営構造を考えていく必要があるのではないかと考えます。



今回は観覧料を切り口としましたが、美術館の運営には様々な法制度、政策、そして現場の判断が絡んでいます。今後も様々な観点から国内外を問わず事例の紹介などをしていきたいと思います。



 
 
 

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